2025年10月26日、珠洲市にある羽黒神社へ奉納させて頂くことが出来ました。
今回の奉納も素晴らしいドラマがありました。
出羽三山神社の羽黒山伏である星野文紘先達との出逢いがなかったらこの奉納も無かったのかもしれないという事が言えます。
尊敬する星野先達との出逢いは長い話しになりますが、以前ブログで紹介してありますので参照して下さい。
上記のブログにもあるように星野先達と知り合って石川県内の聖地巡礼ツアーを行う事になったのです。
能登ではモーゼパークや須須神社の奥宮である山伏山などを廻りましたが、出羽三山神社から勧請されたこの羽黒神社にも是非、先達をお連れしたいと思ったのです。
2019年の5月、当時の参拝の様子です。
2024年1月1日に能登を大震災が起きました。
震災の後、能登にボランテイアに入ったりしましたが住宅や街並みの惨憺たる風景、そして倒壊した神社や寺院を目の当たりにする度、心を痛めていました。
2025年3月、珠洲にボランティアに入った時立ち寄った時の羽黒神社です。
桜の花と共に撮影して後の写真展で復興を祈って展示させてもらったものです。
以前に奉納させていただいた能登の寺院や神社……倒壊を免れて無事だった作品、倒壊と共に無くなってしまった作品もあります。
震災後、復興を祈ること……〝僕がいま一番出来る事……それは奉納しかない!〟と思い、奉納出来る寺院、神社を思い描きました。
比較的、震災の被害が少なかった口能登、中能登の賀茂神社、永光寺などに2024年に奉納が出来ました。
奥能登への復興を祈願しての奉納でもありました。
奥能登では倒壊してしまった寺院、神社が多く、奉納は社屋が復活してからでは無理なのかなと思っていました。
今年の10月12日、奥能登の様子が気になって足を運びました。
金沢を早くに出て午前に珠洲に着き羽黒神社へ……
倒壊した社殿を最後に見てから数ヶ月経っていて、公費解体で社殿は綺麗に片付いていました……何か別の場所にでも来たような錯覚に陥りました。
下の写真がその日の様子です。
敷地内を歩いていると本殿があった左隣に小さな社殿が倒壊を免れて立っているではありませんか!(写真2枚目)
入り口にはそこでご神事を続けていると言うことが書かれています。
そこで僕は思ったのです。〝本殿は無くなってしまったが、ここで奉納式をさせて頂けるのでは?〟と……
この場所に立って思いに耽っていると近所に住む氏子さんが丁度来られて話しをさせて頂きました。
いつもなら今ぐらいに宮司さんはここの掃除をしにきている筈なのだが……という事でお会いしてお話しが出来ればと期待していました。
その方は宮司さんと会えるようにしたいと行ってくれたので携帯番号を伝える事にしました。
そこを後にして同じく珠洲市にある法住寺に向かいました。この寺院にも同日に奉納させて頂くことになったのですが以前にブログに書きましたので省略します(https://www.gen-minamishima.com/2025/10/31/%E6%B3%95%E4%BD%8F%E5%AF%BA%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%A5%89%E7%B4%8D/)
法住寺を訪れた後、宮司さんとは連絡が取れませんでしたので金沢に戻りました。
その日、思わぬ展開から法住寺への奉納が決まったのですが、羽黒神社へも奉納させて頂きたいという思いが強くなって来ました。
宮司さんの連絡先を知り連絡を取る事が出来たのです。
奥能登の復興を祈り、〝同日に神仏両方への奉納!〟という言葉が浮かんできたのです。
宮司さんに羽黒神社への思いなどを伝え奉納の了承を頂くことが出来たのです。
法住寺と同じく奉納が決まってから2週間という日にちしかない中で準備を進めました。
当日、午前11時から法住寺、午後2時に羽黒神社への奉納を設定していました。
法住寺では奉納後、昼食をご馳走になり、歓談も盛り上がり午後の奉納に間に合うか心配にもなりましたが、万事上手く進みました。
奉納の後も宮司さまと色々な神社や神様のお話を聞かせて頂きました。
時間があればもっと沢山のお話しを聞かせて頂きたいと思いました。
須須神社奥宮(山伏山)は神仏分離の以前から羽黒神社がお守りしていた歴史があるというお話しが強く印象に残りました。
そしてやっぱり、この羽黒神社が奥能登の重要な要なのだという感慨が湧いてきたのでした。
奉納の時の様子です。
奉納した作品のタイトルは〝希望の光〟
震災の後、2024年9月に豪雨が能登を襲い大きな被害が再度起きました。
家屋に入った泥を掻き出すボランテイアに数日入りました。
どんなに体が疲れていても必ず早起きして朝陽の撮影に挑んだのですが、悪天続きで良い写真が撮れていませんでした。
金沢に帰る最終日の朝、立山連峰を奥に見た素晴らしい朝焼の光を撮る事が出来たのです。
その時からどこかに奉納出来たら良いなという、思い入れがある作品でした。
今回、この羽黒神社にこの作品を収めさせて頂きとても充実した思いが湧き上がって来ました。
高山宮司さまはじめ全ての方々に感謝いたします。
























